弱者は決して許すことができない。許しは強者の態度である── ガンディー

私は運命の喉首を絞め上げてやるのだ。決して運命に圧倒されないぞ

── ベートーヴェン

Ich will dem Schicksal in den Rachen greifen; ganz niederbeugen soll es mich gewiß nicht.

人物

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770–1827)。ボンに生まれ、22 歳でウィーンに移って生涯そこで活動した作曲家・ピアニスト。 20 代後半から難聴が始まり、最晩年にはほとんど聞こえなくなったが、交響曲第 9 番も後期の弦楽四重奏曲もその後に書かれている。 宮廷や教会の常勤職に就かず、楽譜の出版と予約演奏会と貴族からの年金で生計を立てた、早い時期の自営の作曲家でもある。 気性は激しく、出版社とも貴族とも衝突し、甥の親権をめぐって義妹と長い訴訟を続けた。

出典

1801 年 11 月 16 日、ウィーンからボンの旧友フランツ・ゲルハルト・ヴェーゲラー(医師)に宛てた手紙の末尾近く。 ベートーヴェンが難聴を打ち明けた一連の手紙のうちの 1 通で、自筆はボンのベートーヴェン・ハウスが所蔵する(ユリウス・ヴェーゲラー家財団からの寄託、整理番号 W 18)。

手紙の流れはこうである。 ボンに帰れば幸せになれるとは思わない、周囲の顔に浮かぶ同情を毎瞬読み取ることになるから、と書く。 そのうえで、耳の病さえなければ世界を抱きしめられたのに、自分の青春は今やっと始まったのだ、と続ける。 引用の一文は、この病を半分でも脱したら成熟した人間として君たちに会いに行く、不幸な姿は見せない、という文のすぐ後に来る。

自筆では大文字小文字も綴りもそろっておらず、ベートーヴェン・ハウスの翻刻では "ich will dem schicksaal in den rachen greifen, ganz niederbeugen soll es mich gewiß nicht" となっている。 下に引くのは正書法をそろえた形で、ターイヤー『ベートーヴェンの生涯』第 2 巻に収められた本文による。

日本語訳は原文からかなり離れている。 "in den Rachen greifen" の Rachen は猛獣の開いた口の奥(咽喉)で、そこへ手を突っ込む、という絵柄である。首を外から絞め上げるとは言っていない。 英語では "seize fate by the throat" と訳すのが定訳になっており、日本語の「喉首を絞め上げる」はドイツ語の字面よりこの英訳に近い。 "ganz niederbeugen" は「完全に打ち伏せる・かがませる」で、「圧倒される」より身体的な語である。

原文

Nein, das könnte ich nicht ertragen, ich will dem Schicksal in den Rachen greifen;
ganz niederbeugen soll es mich gewiß nicht. –
O es ist so schön, das Leben tausendmal leben! –
Für ein stilles Leben, nein, ich fühl's, ich bin nicht mehr dafür gemacht.

直訳。 いや、そんなことには耐えられない。私は運命の喉の奥へ手を突っ込んでやる。運命が私を完全に打ち伏せることは、決してあるまい。 ああ、人生を千回生きるとは、なんとすばらしいことか。 静かな生活のために――いや、感じるのだ、私はもうそのようには作られていない。

語句の和訳

原語 和訳 メモ
das könnte ich nicht ertragen そんなことには耐えられない können の接続法 2 式。ertragen は「耐え忍ぶ」
ich will 私は…してやる wollen は「…したい」より強く、意志の宣言
dem Schicksal 運命に Schicksal(運命)の与格。greifen と組んで「運命の…に」
in den Rachen 喉の奥へ Rachen は猛獣の開いた口の奥。人の首(Hals)ではない
greifen つかみかかる・手を突っ込む in … greifen で「…の中へ手を入れる」
ganz niederbeugen 完全に打ち伏せる nieder(下へ)+ beugen(かがめる)。身体を折り曲げさせる語
soll es mich … nicht それが私を…することはあるまい 主語 es は Schicksal。sollen で話者の確信を表す
gewiß 確かに 否定と組んで「決して…ない」を強める
das Leben tausendmal leben 人生を千回生きる leben を他動詞に使った言い方
ein stilles Leben 静かな生活 still は「静かな・穏やかな」
ich bin nicht mehr dafür gemacht 私はもうそのようには作られていない für etwas gemacht sein は「…に向いている」