自分自身の道を迷って歩いている子供や青年の方が、他人の道を間違いなく歩いている人々よりも好ましく思う
── ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』
Ein Kind, ein junger Mensch, die auf ihrem eigenen Wege irregehen, sind mir lieber als manche, die auf fremdem Wege recht wandeln.
人物
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749–1832)。ドイツの詩人・小説家・劇作家。 『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』は、若者が世の中を通り抜けながら自分の形を見つけていく話で、のちに「教養小説(Bildungsroman)」と呼ばれる型の出発点とされる。 ゲーテ自身、ヴァイマル公国で人材の登用や学校・劇場の運営に長く関わっており、人をどう育てるかは机上の関心ではなかった。 教育を論じた独立の著作は残していないが、この小説の後半には教育についての考えがまとまって出てくる。
出典
『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1795–96 年)第 8 巻第 3 章。
この言葉はゲーテが地の文で言っているのではない。 主人公ヴィルヘルムがナターリエの家に滞在し、彼女に「僧院長(der Abbé)とはどういう人か」と尋ねる場面がある。 ナターリエは、自分たち兄妹の教育に僧院長がどう関わったかを説明し、その考えを彼の言葉のまま引用する。 つまり、作中人物ナターリエが引用する、別の作中人物の言葉である。
僧院長の主張はこうである。 教育は本人の傾向に沿うほかない。人は素質のないことは何もできない。 今の中途半端な教育は、衝動を育てる代わりに願望をかき立て、その人の本性に合わない対象へ努力を向けさせてしまう。 引用の一文はこの流れの結論にあたり、直後には「自分の道を見つけた者は二度とそこを離れないが、他人の道を歩いている者はいつでも他人の軛を振り落として無制限の自由に身を委ねる危険がある」と続く。
日本語訳のずれは小さい。 原文は "Ein Kind, ein junger Mensch"(一人の子供、一人の若者)と単数を並べた形で、「子供や青年」という複数の言い方より個別的である。 「好ましく思う」は "sind mir lieber"(私にはより好ましい)で、比較する相手は "manche, die auf fremdem Wege recht wandeln"(他人の道を正しく歩んでいる少なからぬ人々)。
原文
Ein Kind, ein junger Mensch, die auf ihrem eigenen Wege irregehen,
sind mir lieber als manche, die auf fremdem Wege recht wandeln.
Finden jene, entweder durch sich selbst oder durch Anleitung, den rechten Weg,
das ist den, der ihrer Natur gemäß ist, so werden sie ihn nie verlassen,
anstatt daß diese jeden Augenblick in Gefahr sind, ein fremdes Joch abzuschütteln
und sich einer unbedingten Freiheit zu übergeben.
直訳。 自分自身の道を歩いて迷っている一人の子供、一人の若者のほうが、他人の道を正しく歩いている少なからぬ人々より、私には好ましい。 前者は、自分の力によってであれ導きによってであれ、正しい道――つまり自分の本性にかなった道――を見つけさえすれば、二度とそこを離れることがない。 後者はそれに対して、いつなんどきでも他人の軛を振り落とし、無制限の自由に身を委ねてしまう危険がある。
語句の和訳
| 原語 | 和訳 | メモ |
|---|---|---|
| ein Kind, ein junger Mensch | 一人の子供、一人の若者 | 単数を二つ並べた形。日本語訳の「子供や青年」より個別的 |
| auf ihrem eigenen Wege | 自分自身の道の上を | Weg(道)の与格。eigen は「自分自身の」 |
| irregehen | 迷って歩く | irre(迷った)+ gehen(行く)。「間違った道を行く」 |
| sind mir lieber als … | 私には…より好ましい | lieb(好ましい)の比較級。mir は「私にとって」 |
| manche | 少なからぬ人々 | 「かなりの数の人」を指す不定代名詞 |
| auf fremdem Wege | 他人の道の上を | fremd は「他人の・よその」 |
| recht wandeln | 正しく歩む | wandeln は「歩む」の古風な語。recht は「正しく」 |
| der ihrer Natur gemäß ist | その人の本性にかなった道 | gemäß は「…に即した」。3 格を取る |
| nie verlassen | 決して離れない | verlassen は「離れる・見捨てる」 |
| ein fremdes Joch abschütteln | 他人の軛を振り落とす | Joch は牛の首にかける「くびき」。他人に負わされた束縛の比喩 |
| einer unbedingten Freiheit sich übergeben | 無制限の自由に身を委ねる | unbedingt は「無条件の」。ここでは歯止めのない自由を指す |